玄善允の在日二世物語ー在日、大阪、済州そして・・・ー

済州出身の両親の次男として大阪で生まれ育った在日二世の呟き

2025-08-01から1ヶ月間の記事一覧

塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の13

塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の13 43.ようやく気づいた大失態ー男たちの「ええ格好しい」の「ボス交」的処理に対する女性たちの批判を受けてー 実は、その後もしばらくは、僕はS研究会に中途半端な気持ちで参加していた。…

「塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の12

「塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の12 41.「暗黙の禁忌コード」の運用-僕の研究発表と投稿に対する研究誌の責任者たちの対応と、それに対する僕の対応 以下では、先の引用でも繰り返された「暗黙の禁忌コード」の、具体的運…

「塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の11」

「塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の11」 40.S研究会による「僕の跳ね飛ばし」と僕の揺れの1―「暗黙の禁忌コード」に関する拙著からの引用― 次いでは、S研究会から僕が「跳ね飛ばされた」経緯について述べるが、その「跳ね飛…

塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の10

塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の10 38.二つの研究会の性格の異同と僕との関係(2) C研究会はアカデミックな学術研究団体である。その組織運営も一般の学術研究団体とあまり変わらないだろう。会員組織となっており、会費を…

塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の9

塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の935.最晩年の塚崎さんを苦しめた僕-関係の不幸― 前回8の末尾で、僕は概ね次のようなことを書いた。 塚崎さんの結果的には晩年となった頃に、塚崎さんに大きな心理的負担をかけていた者がい…

折々のメモ37の2―75歳で再びの手習いー」

折々のメモ37の2―75歳で再びの手習いー」 5.サイクリング絡みで果たせなかったその他の夢 サイクリングに関してさらに言うならば、僕らのグループと一緒に済州その他を走った神戸のHさんが、やがては僕ら以上にサイクリングにはまった挙句に、韓国のサイ…

折々のメモ37の1―サイクリングから山歩きへー

折々のメモ37の1―サイクリングから山歩きへー1. 人生の折々の夢―アイルランドでのサイクリング旅行― 人生の折々に、ささやかな目標、或いは、夢を描いて、とりあえずはそれを実現する計画を練ったり、その実現を自分に課したりしながら、それも糧にして生…

折々のメモ36-3:夏のプレゼントージイジ稼業のこぼれ話―

折々のメモ36-3:夏のプレゼントージイジ稼業のこぼれ話― 6.孫たちと海に入る 海水浴も昔とはすっかり変わった。「芋の子を洗うほど」と形容されたかつてのビーチの混雑は、少なくとも今の須磨にはない。しかも、その海水浴場も行政や漁協や警察などによ…

折々のメモ36-2:夏のプレゼントージイジ稼業のこぼれ話―

折々のメモ36-2:夏のプレゼントージイジ稼業のこぼれ話― 3.次女一行の日本、とりわけ神戸滞在の変化 シカゴ在住の次女たちの毎年恒例の、夏の神戸滞在の話だった。 その間ずっと、次女は会社から休暇を取れているわけではない。半分の2週間は毎朝早くか…