2024-01-01から1年間の記事一覧
折々のメモ12 師走の済州旅行Ⅱ(2024年12月12日) 4.済州の二日目(12月12日) 午後の3時頃には長女が東京からソウル経由で済州空港に到着する。それまでは、相変わらず僕と妹の二人だけだが、その二人が朝から、昨夕に続いてまたしても失敗をしでかした…
折々のメモ11 師走の済州旅行1(2024年12月11日~12日) 1.出発まで(~12月11日朝) 半年ぶりに両親の故郷であり、僕らの本籍地である済州に、妹と二人だけでは生まれて初めて、しかも東京在住の長女が現地で合流する約束なので、二重の楽しみに年甲斐も…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の26 このシリーズの25回目をアップして以降、僕にしては長期間、続きをアップできなかった。書けなかったからだが、それは今後、どの方向に向かうか、何を書くか迷っていたからである。 …
折々のメモ10 アップした一日経過すると、大事なことを書き忘れていたことに気づき、修正を加えたものが、以下の通りです。いつもがさつなミスばかりで、恐縮です。 「塚崎昌之さんの資料に導かれて、在阪朝鮮人の歴史を歩く」 第7回『朝鮮通信使の跡地・…
塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の7 目次 19.塚崎さんのアキレス腱 小見出し シンポ構想の練り直し 礼儀正しさと人の良さがもたらすアキレス腱 アキレス腱は民族や国籍を超える 中途半端なお節介 歴史は繰り返すが人間関係も…
塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の6 目次 18.遅まきの研究もどきの伴走者 済州島の日本軍軍事施設のフィールドワーク 済州女性文化遺跡の探索 済州4・3 塚崎さんの天敵 朝鮮族研究と在日研究 本文 18.遅まきの研究もどきの…
塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の5 このシリーズは、ずいぶんと長い間隔を置いて書き継いできたので、以前に何が書かれていたのか、記憶が朧だったり殆どなくなっている読者も多いだろう。そもそも、書き手の僕自身も恥ずかし…
「金時鐘とは何者かー<自分・在日語り>の済州篇―」の2 目次 第五章 語り手の意向に逆らった読み方の1―友達の呼称―(回想の視点) 第六章 語り手の意向に逆らった読み方の2ー教師の呼称―(訓育的言説) 第七章 語り手の意向に逆らった読み方の3ー訓育・…
今回を筆頭に4回に分けて、以下の文章をアップする。 2024年1月27日(土)14時から河合塾大阪校で開催された「朝鮮史研究会関西部会」で、口頭で発表する際に、事前に参加者(対面と同時にオンラインもありハイブリッド形式)に配布した資料「金時鐘とは何者…
カテゴリー;新・落穂ひろい タイトル:アメリカの青年教師が高校三年時の僕を高校に訪ねてきた。 今回も、既にアップした個人地図シリーズと同様に、僕の人生最後の著書として刊行するつもりの高校時代について書き溜めた大量の原稿のうちで、削減すること…
折々のメモ9 第6回「故塚崎昌之さんの資料に導かれて、在阪朝鮮人の歴史を歩く」(仮称)報告 文責:玄善允 標記について、世話役の一人として、しかしながら、あくまで個人的覚書としてなどと、相変わらず中途半端な立場ですが、とりあえずの報告です。 内…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の25 前置き、もしくはお詫び 今回も、僕が大学一年から二年への進級前後に経験したことなのに、前々回の23回目に書き落とし、さらに前回の24回でも触れられなかったことについて述べる予…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の24 断り書きー前回の補充― 前回の記事をアップしたとたんに、書き忘れていたことが多すぎることに気づいて慌てた。そこで、そのうちでも特に重要そうなことだけでも、忘れないうちに書き…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の23 第三章 第8節 本文の今後の予定の変更と釈明の2 目次 1) 一斉糾弾闘争との遭遇の余韻(後日譚)の2―朝鮮奨学会と学校現場― 2) 僕が生まれ育った地元の労働青年たちとの交友 3)…
塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の4 10. お詫びとお願い 今回の本題に入るに先立って、お詫びと訂正をさせていただきます。このシリーズで塚崎さんが亡くなった年である昨年(2023年)のことを2024年と誤記している箇所が数か…
個人地図の5―母の個人地図の2― 十三への同行の理由―母の心理的負債の清算方法 わが家には両親の故郷である済州に、少なからずの財産があった。両親が大阪で懸命に稼ぎ、しかも、節約に努めることで、辛うじて貯めたお金がその原資だった。 四半世紀ぶりの…
塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の3 7.塚崎さんの異変 ネット飲み会のメンバーうちの何人かは、塚崎さんに何か異変が起こっていそうな感触を持つようになった。それが今から2年半か3年ほど前のことだった。 当時は、その深…
個人地図4―両親の個人地図と学校― 両親にとっての学校 高校入学時点で国鉄を通学経路に決めた際に、両親はそれ以外にも通学経路があることを知っていながらも、僕にそれを教えなかったのか。或いは、そもそも知らなかったのか。 母はともかく、父が知ってい…
個人地図の3 電車通学と道草文化 電車通学によって僕の曖昧で不正確な地理感覚も次第に修正されて、点状や線状から平面状に、さらには平面状から立体状に膨らんだ。つまり、思考や想像上の地理感覚、そして、それと関連する文化的な空間感覚が、それまでと…
塚崎昌之さんとの20年-在日二世と日本人の交友のひとつの形-の2 第一部 死に至る病 3. コロナ禍におけるオアシスとしての<Zoom飲み会>とその前史 塚崎さんは急死だったわけではない。僕らは、少なくとも2、3年ほど前から、塚崎さんに起こっている異…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の22 第三章 第7節 本文の今後の予定の変更と釈明 一年から二年への進級前後の記述の欠落 大学一年時のことを延々と書き続け、前回でようやくケリをつけたつもりで、今回からは、2 年生へ…
個人地図2―複数の通学経路― 国鉄と阪急 個人の経験や心理的要素などが複雑に絡み合って生成される個人地図というものが誰にでもありそうである。それは必ずしも一般的、もしくは普遍的な合理性に基づいたものでなく、もっぱら自分自身にとって<もっともら…
1.個人地図 高校の通学経路 僕は高校に入学した当初は、国鉄(当時は公共企業体で、その後に分割・民営化されて現在のJR各社となる。それこそが今の日本の現状を作り出した新自由主義の猛威の先鞭と僕は認識している)を利用した。自宅からの最寄り駅であ…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の21 第三章 6節 大学内の民族サークル(韓歴研)の活動 学内の民族サークル 古典的な理屈に立てば、大学生の本業のはずの学業、それに関して僕は、待望の授業が始まってからも、毎日を共…
カテゴリー:触れ合った人々 塚崎昌之さんとの20年近く-在日二世と日本人の交友の形-の1 本シリーズのお化粧直しに際して。 ブログにアップした大量の拙文のチェックが甘すぎた結果、間違いだらけの文章ばかりで、誠に恥ずかしい。そこで以前から、いつか…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の20 僕の前に忽然と現れ、別れの言葉もなく消え去った学生たち もう一つの、これまたどこまでも茫漠とした話ではあるが、それまた、不正入試と絡んでいそうに思えたという意味では、既述の…
ある在日の青春―1970年前後の大阪における在日韓国学生同盟の物語―の19 第三章 5節 奇妙な関係と奇妙な事件の絡み合い 周囲から浮き上がった学生 教養部の頃(入学後2年間)には、親しく言葉を交わす学生など一人もいなかった。高校の一年時に同じクラスで…
母の死の14(補遺)の2、僕らの母の送り方―儀式アレルギーと遺産など― 4.遺産処理のこと 次いでは、23年の時間差で亡くなり、その度に父と母のそれぞれが、僕ら子どもに遺した不動産の処理に関する話である。 遺産に関しては、遺族間では特に相談する…
新カテゴリー「新・落穂ひろい」の開設にあたって 本ブログには既に、「玄善允の落穂ひろい」というカテゴリーがある。ブログを開設するにあたって、新たに書き下ろす記事ではなく、既に何らかの形で書いて、知人たちにメール添付やプリントアウトして郵送す…
母の死の14(補遺)の1、僕らの母の送り方―儀式アレルギーと遺産など― 1.はじめに 2023年2月に母が亡くなって、既に1年半近くの歳月が流れた。その間に僕は、この「母の死」シリーズを懸命に書き継ぎ、13回で完了を宣言し、母への別れの挨拶とした。…