玄善允の在日二世物語ー在日、大阪、済州そして・・・ー

済州出身の両親の次男として大阪で生まれ育った在日二世の呟き

「近況その他」の3―心機一転のための現況3

 

「近況その他」の3―心機一転のための現況3

 

4.今後の生活について

1)実家の消失-自立した余生に向けて

 上でも触れたことだが、僕ら男四人と女一人の五人の兄弟姉妹(こんな場合にぴったりの単語を思いつかない。兄弟姉妹でよいのかどうか自信がない。この歳になって日本語すらわかっていない自分を再確認)は、約30年前に父を、そして3年前には母まで亡くした。そして、遺された不動産の処理に際しては、兄弟間には何の争いもないにもかかわらず、もっぱら業者その他の思惑に翻弄される歳月だったが、本年6月29日には、その不動産の中でも最重要な実家を含む土地建物の売買取引の決済が完了した。つまり、僕らもついに実家の土地家屋を手放す形で失った。

 その間の詳細についても別の形で書くつもりなので、ここではその一部だけをメモしておく。

 兄弟のほぼすべてが独立して生計を営むようになって半世紀が過ぎた。それだけに、今や実家がなくなろうと物理的に支障が生じるはずがない。ところが、ことが「実家」なだけに、長年の記憶、とりわけ亡くなった両親にゆかりの土地家屋などに絡む感傷が少なくないはずだし、現にそうだった。ところが、実家の土地家屋の処理、つまり売買取引に予想外に手こずったあげく、感傷もその多くがすり減り、ようやく、それも辛うじてケリがついたという少しばかりの安堵と大きな虚脱感のないまぜで、感傷が関与する隙間などなかった。

 しかし、兄弟の中では僕に限っては、実際的な影響も少なくなかった。

 父を亡くして以来、不動産の管理や処理を引き受けた僕は、足しげく実家に通わねばならなかった。それに絡んで僕自身の家庭事情も絡んで、実家は僕にとって、身の置き場がない時の、或いは、深酒のあげくの一夜の宿を提供してくれるなど、気楽で便利な避難所の役を果たしてくれた。

 ここ10年間だけでも、1年の半分近くを実家で暮らす年があった。それと並行して、大阪で酒席がある場合にはすっかり酔っぱらってから、そこに転がり込むことも多かった。

 酒癖の良くない僕が酔っぱらって帰宅することを好むはずがない妻を慮って、酒が入ると他所で泊まって翌日以降に帰宅するというのが、いつのころからか、僕ら夫婦間の暗黙の了解、そして習慣になった。そんな場合に必須の宿として、僕にとって実家は格好の場所だった。JR、阪急、地下鉄の駅から徒歩数分と交通至便なうえに、無料なばかりか自炊もできる。僕にとって必要なものがすべてそこには常備されていた。

 そんなシェルターがなくなった僕は、実家に代わる場所を確保しなくてはならない。そうでなければ、酒席の約束すらできなくなった。ホテルに泊まれば良いのだが、自他ともに認めるケチの僕には、公的出張以外にお金を払って泊まるなんて、僕の生き方の原則に抵触する上に、懐具合の抵抗が強い。

 そんなわけで、今後は知人と酒席を共にするのも、ハードルが極度に高くなってしまった。そもそも、思いっきり酒を飲める体調ではないので、今のところは仕方ないし、酒の虫が騒がないので助かっているが、体調が少しでも戻ると、たちまちのうちに困るに違いない。

 深酒の夜に身を置ける場所を探さねばならない酒好き老人、そんな自分の性分と事情をしっかりと受け止めて、できる限りいろんな方々に迷惑もかけないような余生を、どのようにして組み立てていくかが、今の僕にとっての難問の一つである。

 なんとも気楽な愚痴と笑われそうだが、気の置けない友人と酒を飲みながら議論を交わすことが、何ものにも変えがたい楽しみである僕としては、そんなことが深刻な悩みになりかねない。どこかに一晩の宿を提供してくれる奇特な方でもいらっしゃればと、虫のいい夢を見てばかりの僕には、誰の邪魔もせずに、まともな余生を送る可能性などあまり高くなさそうである。

 

2)公立図書館の活用―新たな生活スタイルの発見と従来の生活と思考の偏頗性の気づき―

 深酒とその夜の宿の確保くらいは、実家の整理を完了するまでの心労とは比較にならない。それだけに。ひとまずは積み重なった心身の疲労から解放された今の喜びをしみじみと味わいながら、今後のことを考えようとしていた。そんなところに、ひょんなことから、新たな生活の一助になる道筋のヒントが現れた。

 20年来、親しく付き合っているTさんに、刊行予定の研究書草稿の校閲を依頼され、その作業を楽しんでいるうちに、「これは?!」と近頃の僕には珍しくピンと来たのが、水上勉著『我が六道の闇夜』という見慣れない小説名とその作品に関するTさんのコメントだった。

 そのタイトルが醸し出す謎のようなものに加えて、昔から好感を抱きながらも作品を読んだことがなかった水上勉という小説家に、自分でも不思議なくらいに好奇心を刺激された。

 そんな心の動きには、未刊の研究書の著者であるTさんの歴史的事象の細部への執拗な眼差しと堅実な実証の手続きに基づく議論への信頼感が大きく作用していた。僕にはその種の資質が大きく欠落しているという自覚があるからこその、劣等感や羨望も絡んでいたに違いない。

 ところで、僕は若い頃から、大学以外の図書館の所蔵図書を借りて読むようなことは殆どなかった。公立図書館の所蔵図書を閲覧したり、そこに出向いて自習することはあっても、本を借り出して読んだことは不思議なほどにない。本は購入して読むのが基本で、その他には、大学図書館所蔵の書物を大量で長期にわたって借り、自分の蔵書のように余裕をもって楽しむのが僕の読書に関する基本スタイルだった。半世紀にもわたって大学関連の職で生計を立ててきたこともあって、それなりの特権(長期の貸し出し可能など)もあって、その他の図書館から借りだす必要などあまりなかったからでもある。

 ところが、今や僕は、そんな従来のスタイルを変えなくてはならない。自宅の書庫に溢れていた図書の処分は、ここ20年来の難題だった。何よりも、そのせいで迷惑を被ってきた妻の機嫌をこれ以上には損なわないで、なんとか一緒に暮らすには、その処理を急がねばならなかった。

 以前の住まいと10年ほど前に転居した新しい住まいとでは、書庫スペースが4分の1以下に減ったので、まずは転居時に6割方を心の中で涙を流しながら、捨てた。ひどい犯罪行為である。転居後には致し方なく、断捨離などと銘打って図書は勿論、長年にわたって収集してきた資料などの処分も徐々に断行してきた。その一方では、新たな書物の購入を自らに禁じたので、今や我が家にある図書は、かつての蔵書や資料と比べると、2割にも満たず、本を読みたければ公共図書館を訪れて閲覧するか貸出サービスを利用しなくてはならなくなったのに、なかなか足が動かなかった。それなのに、今後の新しい道を切り開くといった大層な気持ちになった。

 水上勉の『我が六道の闇屋』を求めて、自宅から最寄りの、新装されていお洒落な外観の市立図書館を初めて訪問し、備え付けられたPCで、所蔵図書の検索と借り出し予約の方法を懇切丁寧に教えてもらいながら、試験的に借り出し予約に至ったのが以下の3冊だった。

1.人間の記録198 『我が六道の闇夜』2012年、日本図書センター

2.『土を喰らう日々―我が精進十二ヶ月』昭和58年8月25日初版、第33冊新潮文庫令和4年4月5日

3.「小孩」、コレクション戦争と文学16 満州の光と影 2012年2月10日刊所収

 

 以上のうちのお目当ての「我が六道・・」が期待にたがわなければ、水上勉の作品を継続してじっくり楽しむつもりで、検索でヒットした順番に3冊を予約した。 

 しかし、そんな思い付きのおかげで、いろいろと新しい刺激を受けることができた。例えば、上掲の最後の、コレクション「戦争と文学」16の『満州の光と影』を通して、水上勉が満州国で末端の仕事に携わり、満州の現地人との接触経験があったことを筆頭に、水上勉とは必ずしも関係などなくても、昨年に僕が思い立って実行した信州への旅の成果とつながるなど面白い展開になった。

 実は大日本帝国の植民地主義の産物としての「満蒙開拓」については、昨年の冬にブログに2回にわたって「折々のメモ17、18南信州・阿智の満蒙開拓平和記念館への旅(1)と(2)の内容と直接かつ密接につながり、偶然が胚胎する必然のようなことまで感じて、興味が募った。 

 因みに、上記のコレクション『戦争と文学16』に収まった数多くの作家の作品などに関しては、従来からのカテゴリー「折々のメモ」に場所を移して、近いうちに詳細に書くつもりになったのでここでは触れない。

 そこでそれ以外のことで、地元の公立図書館での初の貸し出しサービスが僕にもたらしたことについて、メモ程度に記しておく。

 例えば、水上勉の作品に対するこれまでの僕の距離が、不思議に思えてきたのである。水上勉にはなんとなく共感を抱いていた僕なのに、どうして水上勉の作品を読んだことがなかったのか、それが気になってきたのである。

 僕はまだ中学生の頃に、彼の同名の小説を映画化した『五番町夕霧楼』を見て、その主演女優の佐久間良子にぞっこんになった。それなのに、その後、その原作をはじめとした水上の作品を全く読まないまま60年以上も過ごしてきた。どうしてだろうか。

 そんなこともまた、カテゴリー「折々のメモ」に場所を移して詳細に踏み込み、謎の究明をしたい。

 以上、僕の今後の課題ばかりを並べただけの印象が強いが、今の僕には仕方ないかと自分を無能と不能を受け入れたい。そもそも、短く軽めの近況報告のつもりだったのに、またしても長くなりすぎたから、すっぱりと切り上げることにする。(完)